切磋琢磨とは、日々の努力を継続して自分自身も同志とともに成長する過程である

そもそも、切磋琢磨とは…

切磋琢磨とは…
切磋琢磨とは、詩経(孔子が門人の教育のために編纂したものといわれる)にある言葉で、

  • 徳を修めるために、努力に努力を重ねること
  • 同志が励まし合い競い合って向上すること

という意味です。

ちなみに…
  • 「切」とは骨を加工する時の作業
  • 「磋」とは象牙を加工する時の作業
  • 「琢」とは玉を加工する時の作業
  • 「磨」とは石を加工する時の作業

のことだそうです。

これらの作業は手間と緻密さが要求されることから、学習を通じて人間を成長させることやお互いに励まし合って向上することを切磋琢磨というようになったということです。

同志が励まし合い競い合って、ひとつの目標に向かって精進する

同志(仲間や協力者)がいるからこそできることがある

あるひとつの製品やサービスを完成させるためには…
  • 「切」の知識や技術
  • 「磋」の知識や技術
  • 「琢」の知識や技術
  • 「磨」の知識や技術

を持った専門家(会社、部署や担当者など)がお互いに協力し合うことが必要です。

例えば、携帯電話や自動車などは、いくら大企業とはいっても、そのひとつの会社だけで競争力のある製品を作り上げることは不可能です。これは他の製品やサービスでも同じです。

そして、その製品やサービスをさらに向上させるためには、それぞれの専門家(会社、部署や担当者など)がさらに向上する必要があります。

上記のことは、製品やサービスだけでなく、学校や部活動などでも同じです。

どんなことであっても、同志が励まし合い競い合って、ひとつの目標に向かって精進することが大切です。

お互いに刺激し合うことによって「切磋琢磨のスパイラル」が形成される

「切」「磋」「琢」「磨」の専門家(会社、部署や担当者など)が、それぞれの役割と責任を全うするために、さらにその技術力や専門性を高め続ける。

そして、求められているものを超えたものを提供する。

そのことがお互いに刺激し合うことになり、切磋琢磨のスパイラルが形成される。

そして、切磋琢磨スパイラルは、お互いにプラスの関係であり、プラスの貢献をしなければいけません。

決してお互いがお互いの批判をし合うようなことがあってはいけません。

もし困難に直面しているメンバーがいれば、お互いに協力し合い、励まし合うような関係性でなければいけません。

これは、会社同志の協力でもそうですが、同じ会社の部署や社員同志でも同じですし、学校のクラスや部活動でもなどでも同じです。

切磋琢磨とは、技術力や専門性を磨くことに合わせて、「人格を高めること」や「徳を修めること」であることを忘れてはいけない

切磋琢磨という言葉が詩経(孔子が門人の教育のために編纂したものといわれる)にある言葉であると考えると、「人格を高めること」や「徳を修めること」を念頭に置く必要があるはずです。

詩経を念頭に置くと…
  • 技術力や専門性を磨くこと
  • 人格を形成すること

のどちらも必要だということがわかります。

どちらかが大切だとか、どちらかだけでいいとか、そういうことではありません。

どちらも必要です。

つまり、これは「個」だけでなく「同志との調和」も大切だということだといえるでしょう。

お互いに切磋琢磨しながら共に成長するということを決して忘れてはいけません

  • 「個」があり、「同志」がある。
  • 「同志」があり、「個」がある。

どちらが先でも後でもありません。

お互いに励まし合い、競い合って、何かひとつの目標に向かって進むことによって、お互いの専門性や技術力などが向上し、人格形成もされる。

それこそが切磋琢磨そのものだといえるでしょう。

自分自身を切磋琢磨して自分自身を作り上げる

自分自身と向き合い、自分自身を磨く。成長する。

  • 自分の骨を「切」する
  • 自分の象牙を「磋」する
  • 自分の玉を「琢」する
  • 自分の石を「磨」する

漫然と生きない。
漫然と仕事しない。

当然だと思われていることであっても疑問を持つ。
単純な作業であっても、日々、創意工夫する。
自分自身を信じて、それを続ける。

「自分自身と向き合い、自分自身を磨く。成長する。」という気持ちとそれに基づいた行動が非常に大切です。

自分自身の切磋琢磨とは何か…

まず、自分自身の

  • 「切」
  • 「磋」
  • 「琢」
  • 「磨」

を設定してみてください。

もちろん、4つを同時に進める必要はありませんし、4つでなくても、2つでも3つでもいいんです。

ただ、切磋琢磨が詩経にある言葉だということを意識して、才(知識や技術)と徳(人格形成)のをひとつずつ設定するといいと思います。

才が徳に導き、徳が才に導く

どちらかだけではなく、どちらも大切なんです。
そして、「どちらが先、どちらが後」ということではありません。

どんなことでもいいですので、できることから少しずつで始めてみてください

例えば…
毎日、1番に出社する
毎日、明るくあいさつする
席を譲る
先を譲る
感謝する
 ・
 ・

どんなことでもいいんです。
忠恕の気持ちに従ってそれを長く続ければいいんです。

自分自身を信じてどんな小さなことでも続ける。そうすると、ひとつの道を極めることができるようになります。

そうすることによって、自分自身というものが形成されていく。
そして、周りの人たちも、その影響を受けて、同志が増えていく。

それこそが、詩経が意味する「切磋琢磨」だといえるのではないでしょうか…