固定残業代をしっかり設計して適正に運用するには…

固定残業代の有効または無効を判断する裁判所の明確な基準はありません

(多かれ少なかれ他の裁判についても同じと言えますが)固定残業代の裁判について、個々の裁判について個別に判断をしているというのが現状であり、同じような固定残業代の裁判であっても、裁判官によって結果が異なってしまう可能性もあり得ると思われます。

そういう意味では、以前の裁判で有効だったからと考えて、この固定残業代であれば絶対に大丈夫ということを言い切れないとは思われますが、判例を分析することによって、リスクが高いものと安全性が高いものをある程度判断することができると思われます。

なお、裁判の結果は、年々、経営者側にとって厳しくなっているということも事実ではあります。

固定残業代をしっかり設計して適正に運用するには…

1.固定残業代が何時間分の残業代であるのかを明示するとともに、固定残業代の金額を基本給と明確に区別すること

例えば「月給23万円(固定残業手当3万円含む)」のように、固定残業代が何時間分の残業代であるのかが明示されていない場合や、例えば「月給23万円(固定残業手当45時間分含む)」のように、基本給の中に残業代が含まれている場合など、基本給と残業代が明確に区別されていない場合には無効となりやすい傾向にあります。

つまり、固定残業代の金額や時間数が曖昧であり、残業代を支払わないようにするための制度であるのではないかと考えることができる場合には、無効となる可能性があると言えるでしょう。

また、裁判によっては、通常の残業代、休日残業代、深夜残業代までを区分することを要件としているものもありますので、固定残業代には通常の残業代のみが含まれるようにしておき、休日残業代や深夜残業代は別途支給するようにするほうが安全だと思われます。

なお、後々のトラブルを避けるためにも、労働条件通知書や雇用契約書にしっかり明示して、従業員の方にも説明をしたうえで個別に同意を得ておくことが必要です。

2.固定残業代の残業時間を超えて残業をした場合には残業代を別途支給すること

そもそも、固定残業代に含まれる残業時間を超えた場合には、当然として、その時間に対する残業代を支払わなければいけません。

もし超過する残業代を支払っていない場合には、最悪の場合、固定残業代そのものが残業代を支払わないための制度であると判断されてしまい、固定残業代が無効となる可能性もあると思われます。

当然といえば当然ですが、経営者としては、従業員の方の労働時間をしっかり管理して、固定残業代に含まれている残業時間を超えている残業時間については別途で残業代を支払うようにしなければいけません。

3.実際の残業時間が固定残業代で設定している残業時間未満になった場合でも、固定残業代として設定している金額を減額しないで支給すること

仮に、実際の残業時間に合わせて、固定残業代が減額されるのであれば、それは、そもそも「固定」ではありません。

しかも、固定残業代の残業時間を超えて残業をした場合でも別途残業代が支給されないのであれば、実質的に残業代を支払わないようにするための制度だと判断されて無効となってしまっても仕方がありません。

実質的に労働時間の搾取と考えられるような制度になっている場合には、経営者にとってリスクが高いと言わざるを得ません。

4.実質的に残業代としての性質があること

残業代は、通常の残業代であれば、残業時間に応じて、基本給の25%以上を支払う計算になりますので、固定残業代の金額も基本給の金額や残業時間と連動性があると考えるのが一般的です。

そういう意味では、歩合給など労働時間ではなく成績に連動するものは固定残業代として認められにくい傾向があると言えます。

その他、年齢、勤続年数、前年度の成績などによって変動する手当などの固定残業代についても無効と判断されています。

やはり、残業代とはそもそも何かを前提としたうえで、固定残業代を導入した経緯や時間数などの合理性などを考慮して、固定残業代の制度を設計しなければいけないということです。

5.36協定の限度時間を考慮すること

固定残業代の有効または無効の判断は、36協定と直接的な関係性はないようです。

しかし、36協定が無効の場合や、固定残業代で設定されている残業時間が36協定の限度時間を超えている場合には、無効になっている判例もありますので、やはり、36協定との関係についても軽視することはできないと考えていいでしょう。

そういう意味では、36協定の限度時間の範囲内(月45時間)で残業時間を設定するほうがリスクが低いと思われます。

6.就業規則(賃金規定)、雇用契約書と労働条件通知書に明確に記載するとともに、それに応じた運用をすること

残業代請求の裁判では、しばしば○○手当が固定残業代にあたるかどうか…ということが争点となることがあります。

経営者側が「入社時や昇進時に口頭で説明した」「労働者との間で合意があった」と主張したとしても、その証拠がなければ、その主張は裁判では非常に弱いものとなってしまいます。

従業員との間に固定残業代の合意があった客観的な資料として、就業規則(賃金規定)、雇用契約書と労働条件通知書が必要になるということです。

新たに固定残業代を導入する場合や、すでにある固定残業代の内容を変更する場合には、従業員に説明して個別の合意を得ておくことが非常に重要です。

なお、就業規則(賃金規定)、雇用契約書と労働条件通知書の記載と実際の運用が異なっている場合(就業規則(賃金規定)や雇用契約書などには「○○手当には深夜残業代を含む」と記載しているにもかかわらず、実際には深夜残業代を支払っていた場合)には、固定残業代としての性質を否定している判例もありますので、就業規則(賃金規定)や雇用契約書などの記載に応じた運用をすることも重要です。

結局のところ「その○○手当は最初から固定残業代として考えて設計して運用していましたか?」ということ

後付けの苦しい言い訳をしないようにするために、最初から固定残業代として考えて設計して運用することを考えて固定残業代を導入する

もちろん、完全に安全な固定残業代の制度というのは難しいかもしれません。

ただ、裁判で固定残業代が無効になっているのは、そもそも固定残業代として慎重に考慮して設計されたものではなかったのではないか(「○○手当には残業代が含まれている」というのは、後付けでの苦しい言い訳ではないか?)…ということもあるかもしれません。

残業代不払いの隠れ蓑として、もともと問題のあったことが、昔は問題が起きていなかっただけで、今の時代になって、こういう問題が表面化してきているということだと思われます。

そう考えると、今までの判例を参考にして、最初から固定残業代として考えて設計して、従業員の方に説明して合意を得たうえで運用することによってリスクを下げることはできるのではないかと思われます。